逝き方から、生き方を創る東北タイの旅ーこの地で生き、いつか逝くー

タイ東北部のウドンタニ県に移住したわたしが、いつかここで逝くための長い旅を記録するブログです。 老いた母を殴りそうになった私。死や、老いに悩んでいた私。そんな私を救ってくれたのは、タイで出会った穏やかに自宅で逝く姿と、彼らの生活。父母をメコン川に散骨後、タイに移住し、ここで逝くことに決めました。 かれらの逝き方は、普段の生き方に支えられています。『逝き方から、生き方を創る』と名付けたのはこのためです。東北タイのみとりと生活を体験する旅を企画しています。詳細はhttp://www.peacefuldeath.life

まずは、じぶんの二本の手を使おう、

生き方を創るために。。。
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東北タイの村、
住み慣れた自宅で逝く人が多い。
そんなかれらの逝き方は、生き方に支えられているのではないか。。。

彼らの生き方とは、
みずからの二本の手で、衣食住を創ること。

いっぽうで、お店でなんでも買ってばかり私。。。
二本の手で、いままで何をやってたんだろうか?
彼らを見ると、そんなことを考えさせられる。

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あるお姉さんの家を訪れた。
蚕の繭から、絹の糸をとっている最中だった。
黄金色をした絹糸。
やがてうつくしい衣装になる。
じぶんの着るものを、自分で創る。
「暇があるから」ではなく、
お姉さん曰く、
「わたしが着たい服だから、わたしが織りたい」。


お蚕さんに、桑の葉を与え、
繭から、糸をとる、
デザインを考える。。
そして、織る。

みずからの手で、みずからの着るものを創る。
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細部は、全体に影響する。
お姉さんは言う。
「親たちのように、自分も家で逝く」
ふだんの細かな生活-生き方ーが、逝き方にも影響する。

まずは、じぶんの二本の手を使おう。
逝き方と生き方を創るために。




記事で紹介しました村を訪れる”逝き方から、生き方を創る東北タイの旅”を開催します。
2018年は2月から11月まで、ほぼ毎月開催します。
タイ東北部を訪れるこの旅では、
お坊さんから瞑想を学んだり、村にホームステイしながら高齢者の村でのケアを見学、
そして美しい湖で散骨体験をします。
詳細は、ホームページをご覧下さい。







ツアーでの散骨2

大切な誰かが亡くなった時、あなたはその人とのやり取りを悔いることがありませんか?
わたしは、母が亡くなった時、そうでした。
そして、
その悔いを生きていく勇気へかえるのは、
自分が決めるしかないんです。

数年前、母が、突然亡くなりました。。

母とは、介護をめぐって、言い争いばかりしてました。

変わっていく、母のみそ汁の味に、焦りを覚えた私。
「おれが、料理をやるよ」。
料理や買い物という母にとって大切なことを、わたしは、奪っていったのです。
まじめなわたしは、母のことを考えたつもりでしたが、そのことが母を傷つけていたのです。
自分のやるべきことが見つからず、ウロウロしていた私は、当時、自分にも余裕がありませんでした。

大晦日から、新年になって数時間後。
母は亡くなりました。
兄夫婦が来て、めずらしく和やかな雰囲気の正月が、、、。
あっというまに変わってしまいました。

斎場から戻ってきた母は、20センチほどの箱に入っていました。
そんな姿を見ると、、、。
養子としてやってきた母は、幼い頃から、何かと苦労としていたはずです。
そんな母に、
兄たちも、散々迷惑をかけ、
祖父母をみとり、
夫をみとり、
そして、
いまだ行き先が定まらないバカ息子である私をみて、安心できないんだろうな。。。。


このままだと、やりきれない。
そんな思いのまま、父が眠るメコン川に散骨するのが、良いだろうと思いました。
このときは、父とともに、、ぐらいにしか考えていませんでした。。。

散骨の日。
メコン川を、ゆっくりと船は進みます。
お坊さんの、読経が響きます。
厳しい日差しですが、さわやかな風が吹きます。

お坊さんの合図とともに遺骨を投じます。。
砂のようなお骨が、波間にのまれていきます。
そのあとを、花びらが流れていきます。
遠くへ、遠くへ、、、。

でも、わたしが感じたのは、
母がどこかに行くのではなく、
「やがて還ってくる」。。。
『生まれかわり』つまり、仏教の輪廻転生を信じるタイの人々の話は、わたしには、いまひとつわからないものがありましたが、このような感覚なのかもしれません。。

しかし、
もう一つ私の中で、ふつふつと湧き上がってきたのは、
「生まれかわったのは、実は自分じゃないか、、、」ということでした。
見た目は、昨日とは全く変わっていないのに、明らかに違うのです。

どういうことでしょうか?
タイに生活していたわたしは、母の介護のための理由で日本に帰国したのですが、
タイでも「生きる意味」を感じれなかったわたしは、
実は、ただタイから逃げ出したかっただけでした。
母は、「何が何でも、タイで生きていきなさい」と反対しました。
その母の声が耳に響いてきました。

これなんだな。。。

私に必要なのは、、、

生きる意味なんか探すより、
ただただ生きる。
そのための「勇気」なんだな。。

悔いが、勇気に替わることを教えてくれた母。
でも、決断するのは自分。
自分しかいないんだ。


ーおしらせー
東北タイでの散骨とdeath café in Thailandの開催

1013日の午後1時から、コンケン県ウボンラット郡ダム湖で散骨をいたします。

ナコンラチャシーマー県在住の池田徳広さんのご両親の散骨をいたします。

散骨の後に、death café in Thailand と称して、湖が見えるレストランでお茶をいただきながら、
死と生について語り合うことをしたいと思っております。

日本でも、死と生について語り合うことが行われるようになってきました。
私は、タイ人の死生観に触れ合う機会をもてたことで、自分の国、日本の死と生の形について考える機会を持てました。皆様も、両国の文化に触れ、ときにはタイを写し鏡にして、日本のことが見えてくる機会もあると思います。今回の散骨と
death café in Thailandに参加していただきまして、ぜひご意見を伺えたらと思っております。

期日:1013日午後1

場所:コンケン県ウボンラット郡ダム湖

待ち合わせ場所:コンケン空港11:30、セントラルプラザ コンケン12:00を考えております。
またできるだけご要望の場所に対応したい思っております。

参加費:お茶代と含めて500THB

連絡先:古山 裕基(こやま ひろき)

タイ携帯085-448-1979, 日本携帯090-1020-4150(9/21-10/2まで帰国しております)

hirokijapan@hotmail.com
日本からコンケンまでの直行便はありません。
バンコクで国内線に乗り換えていただき、コンケンまでは空路1時間です。
運賃は3000円ほどからです。
Thai smile air,Nok Air, Air Asia,Lion Airなど数社が一日10往復以上で運航しております。

 

またこの企画は、私が企画するタイのみとりの現場を見ていただくツアー”逝き方から、生き方を創る東北タイの旅“の日程の一部です。

109日から14日まで、コラート、コンケンで僧による瞑想指導、僧と病院の協力でみとりを行うコミュニティーでのホームステイ、そして散骨を行います。

詳しくは、http://www.peacefuldeath.life/

https://www.facebook.com/thaipeacedeath.life/



タイでは、素人からプロ歌手になる歌番組がはやりだ。
何人かは、プロになり、ドラマに出るようになった人もいる。

多くの人は、今日、ここで歌っても、明日は、もう歌うことができない。

出場動機は、
親の借金を返す、
毎日の食事にも事欠く貧しさから逃れたい、
しがない工場の労働者からスターになりたい、
などなど、

そして、

勝ち、やがて、負けて去る。

興奮、喜び、哀しさの数分間。

今日の出場者はガンの終末期を宣告された人だ。
宣告されてから、もう2年間生き続けている。

”幸せ”であることが、ガンへの唯一の薬、それで生きてきたという。

しかし、
わたしは、”幸せ”のために生きてきたんじゃないと思う。
彼の姿をみると、自分をひらいて、こじひらいて、
自分を生贄にして、ただ生きようとする。

化学療法を受けている彼に、苦痛は伴う。
それでも、歌う。

私は、彼の歌うすがたを見て、目を背けそうになった。
捨て身の、前に突き進もうとしている命を、目の前にした時。
それは、目に美しくうつるものではない。

幸せのために生きるなんて、ほんとうは、つまらない。

今日、歌い、明日、死ぬ。

私は、どうなのか?

あなたは、どうなのか?

ぼやぼやしてると、明日は来る。



ーお知らせー
2017109日から14日です。
日本の人があまり知らない、

タイの東北部にあるナコンラチャシーマー県、コンケン県で
僧坊に泊まったり、ホームステイしながら、

お坊さんの指導によるマインドフルネス(瞑想)指導、
お坊さんと病院が協力する在宅でのみとり、
湖や川での散骨体験などをしていただきます。

詳しくは、

をご覧下さい。

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